出典:愛知県パンフレット『日光川・蟹江川排水機場』をもとに作成」
※画像はイメージです

海より低い土地に、約100万人が暮らしています。

愛知県西部、尾張平野を南北に貫く日光川の流域は、降った雨が自然に海へ流れていかない「ゼロメートル地帯」を抱えています。この地域の日常は、水門の開閉とポンプの運転という、人の手による排水で守られています。

愛知県の資料をもとに、日光川の排水のしくみと、この地域が経験してきた水害の歴史を整理しました。

日光川とは――尾張平野西部を流れる二級河川

日光川は、尾張平野の西部を北から南へ流れ、支川13河川(97km)を合流して伊勢湾に注ぐ、延長41kmの二級河川です。流域面積は約300平方キロメートルに及び、8市6町村、約100万人の暮らしを支えています。

この流域の大きな特徴は、南半分が海抜ゼロメートル地帯と呼ばれる低地であること。川への排水はすべてポンプに頼らざるを得ない地域で、昭和49年当時には流域内に99箇所、総計で毎秒250立方メートルの排水ポンプが設けられていました。その後も排水機場の増設が進められ、現在は160箇所余り、総計約660立方メートル毎秒の排水ポンプが設置されています。

さらに、昭和36年頃から急速に進んだ地盤沈下が排水をより困難にし、この地域の治水は大きな課題を抱えることになりました。

雨水はこうして海へ出ていく

土地の高さが川よりも低いこの地域では、降った雨は自然に流れ落ちていきません。雨水はまず日光川をとおって河口部の河口池に集められ、そこから海へ送り出されます。このとき、海側の水位(外潮位)によって二つの方法を使い分けています。

  • 海の水位が河口池より低いとき:水門を開け、自然に海へ流す
  • 海の水位が河口池より高いとき:水門を閉めて海水の侵入を防ぎ、ポンプの力で水を汲み上げて海へ排出する

水門を開けて自然排水できる干潮時には、毎秒約1,000立方メートルという大きな排水能力があります。潮汐のリズムに合わせて水門を開け閉めすることで、流域の水を安全に海へ送り出しているのです。

排水機場の中は、どうなっているのか

ポンプの運転は、感覚ではなくデータに基づいて判断されます。流域の上流にある雨量観測局・水位観測局から降水量や水位の情報が操作室に入ると、その内容を分析・検討したうえでポンプの作動が決められます。施設に設けられた5台のポンプが動き出すと、高潮時には毎秒最大200立方メートルの水が排水されます。

中央監視操作室では、流域内の監視システムから送られてくる降水量・流量・水位などの膨大なデータを、コンピューターで集中管理しています。

水を持ち上げる主役は、直径4.6メートルにも及ぶ羽根車です。羽根車の回転が水に揚力を与えることで、低いところから高いところへ水を汲み上げることができます。

台風に備える「予備排水」

日光川水系では、地域住民の生命と財産を水害から守るために、各関連機関が連携して「予備排水」を行っています。

予備排水とは、出水によって日光川などの河川水位が上がるのを抑えるために、各排水機場の管理者があらかじめ地区内の水を日光川へ排除し、地区内の水位を最低管理水位まで下げておく取り組みです。雨が降る前に、水を受け入れる余地をあらかじめつくっておくという考え方です。

要請は、河川水位の最高水位が見込まれる24時間前に、次のいずれかの条件を満たす場合に行われます。

  1. 大型台風が日光川水系に来襲し、予想総降雨量が200ミリ以上で、かつ高潮により干潮時に水閘門からの自然排水が見込めない場合
  2. その他、予備排水が有効と見込まれる場合

流域を守る主な施設

日光川排水機場と日光川河口排水機場

河口部には、二つの排水機場が並んで建っています。日光川排水機場(昭和53年供用開始)は、高潮などで外潮位が高くなり河口の水門を閉鎖した場合の排水を目的とした施設で、既往最高となる伊勢湾台風の実績潮位(T.P.+3.89メートル)の場合にも排水できるよう計画されています。

隣接する日光川河口排水機場(平成9年供用開始)は、昭和60年度から進められた国営尾張西部土地改良事業によって国(農林水産省)が建設した農林水産部管理の施設です。外潮位が高くなり水門を閉鎖したときの排水に加え、農用地や農業用施設の洪水被害を未然に防ぐ役割も担っています。

この二機場を併せた排水能力は、高潮時で毎秒200立方メートル、外潮位が低いときには毎秒300立方メートルに達します。台風の来襲が予想される場合などには、あらかじめ日光川の河川内水位をなるべく低く保つための予備排水も行われます。

蟹江川排水機場

日光川の水位が高いときに、蟹江川の洪水を排除するための機場です。上流からの流出量や、外水位の変動による揚程(ポンプが水をくみあげられる高さ)の変化などを考慮して、3台の排水ポンプが設置されています。管理水位が日光川より低い(T.P.±0.00)ため、休日・平日を問わず常に水位が監視されています。

筏川排水機場

筏川は、愛知県海部西部に位置し、木曽川と日光川にはさまれた低平地を流れて伊勢湾へ注ぐ、流域面積約40平方キロメートルの二級河川です。河口部にはもともと水門がありましたが、昭和34年の伊勢湾台風で水門をはじめ被害を受けたため、水門の復旧とともに昭和40年に第一排水機場(第一期)が設置されました。その後、昭和61年に毎秒5立方メートルの能力を持つ第二排水機場(第二期)を増設。さらに第一排水機場の老朽化に伴い第三期の増築を図り、平成6年に能力毎秒8立方メートルの排水機場等を完成。現在は第二排水機場とあわせて毎秒13立方メートルを排水する施設となっています。

日光川水閘門

潮汐の影響が大きい日光川の特性を踏まえ、河口を締め切って右岸よりに水閘門を設ける計画が立てられ、水理模型実験を行って計画諸元を決定したうえで、昭和32年に着工し、昭和37年に完成しました。このとき、国道1号のバイパスとなる名四国道(現在の国道23号)も、日光川の締切堤を兼用して築造されました。

管理出張所では、常時24時間体制で日光川の内水位と外潮位を監視し、内水位より外潮位が高い場合には水門を閉め、外潮位が低い場合には開けることで内水位を低下させています。また、船舶の航行を可能とするため、中央の2水門は大型船舶の航行を兼ねた通船水門とされ、水門が閉鎖された場合でも小型船舶が通航できるよう閡門が稼働しています。

主な排水機場の諸元

施設供用開始ポンプ形式排水量原動機
日光川排水機場昭和53年立軸軸流可動翼ポンプ50立方メートル毎秒×1台、25立方メートル毎秒×2台(最大150立方メートル毎秒)ディーゼルエンジン(5,800ps/2,900ps)
日光川河口排水機場平成9年立軸軸流可動翼ポンプ50立方メートル毎秒×2台(最大150立方メートル毎秒)ディーゼルエンジン 5,800ps
蟹江川排水機場昭和53年立軸軸流可動翼ポンプ30・12・10立方メートル毎秒を各1台ディーゼルエンジン(2,400ps/1,200ps/900ps)
筏川第一排水機場(第三期)平成6年完成立軸斜流ポンプ4立方メートル毎秒×2台電動機 定格出力300kW
筏川第二排水機場(第二期)昭和61年増設立軸斜流ポンプ2.5立方メートル毎秒×2台電動機 定格出力200kW

日光川水閘門のゲート構成

種別純巾×純高数量形式
一般水門10.0m×5.5m6門ロープ巻上式前面四方水密ローラーゲート
通船水門10.0m×9.0m2門ロープ巻上式前面三方水密ローラーゲート
閡門7.0m×9.0m1門対重付ロープ巻上式前面三方水密ローラーゲート

洪水の歴史――繰り返されてきた浸水被害

この地域の排水施設は、過去の水害の教訓の上に積み上げられてきました。

昭和49年豪雨

昭和49年7月24日から25日にかけて、低気圧の移動に伴う前線の活動によって、尾張部が集中豪雨に見舞われました。日雨量は津島市で333ミリ、一宮で237ミリを記録。河川水位が急上昇したため、内水排水ポンプの運転を中止するという非常手段によって、破堤を免れました。

昭和51年豪雨

昭和51年9月8日から13日にわたり、台風17号の通過に伴う前線の活発な活動により、流域に強い雨が連続して降りました。総雨量は津島市で633.5ミリで、これは明治29年の降雨に次ぐ史上2位。日雨量370ミリは、確率として125年に一度という大きなものでした。このため流域内の湛水被害は大きく、とりわけ支川の目比川では破堤による浸水被害が甚大となりました。

平成12年の東海豪雨

平成12年9月11日から12日にかけて、名古屋市内を中心として甚大な被害をもたらした「東海豪雨」では、床上浸水11,142世帯、床下浸水23,292世帯に達し、水害の恐ろしさがあらためて認識されました。一方で日光川水系では、日光川排水機場をはじめとする排水機場の運転によって、幸いにも大きな被害を受けることはありませんでした。施設整備の意義がはっきりと示された出水でした。

災害時期雨量浸水被害
昭和49年豪雨昭和49年7月24~25日日雨量 津島市333ミリ、一宮237ミリ床上1,947戸・床下22,016戸(計23,963戸)
昭和51年豪雨昭和51年9月8~13日総雨量 津島市633.5ミリ、日雨量370ミリ床上5,267戸・床下25,742戸(計31,009戸)
東海豪雨平成12年9月11~12日―床上11,142世帯・床下23,292世帯(名古屋市内を中心とした被害)

これからの課題――施設の老朽化と大規模地震への備え

流域を守る仕組みは、つくって終わりではありません。管理出張所は、各河川の管理水位の遵守と、各施設の操作・運転・点検・修繕・更新工事を日々担っています。

日光川水閘門については、老朽化及び大規模地震対策として、新しい水閘門を建設するための検討が進められています。ゼロメートル地帯に人口が集まるこの地域では、水門とポンプが止まることはそのまま浸水リスクに直結します。施設の更新と耐震化、そしてそれを支える人材の確保は、この地域の最優先課題の一つです。

毎日の水位監視、台風前の予備排水、降水データの分析、そして数十年にわたる施設整備――普段は意識されないこうした積み重なる備えが、流域約100万人の日常を支えています。